ぽりあもり


何を隠そう、

私はセクシャルマイノリティである。

あまりに理解を得られないので、

さすがに内緒にしている。


ていうか、

内緒にしている時点で私のそのマイノリティは成立しないので、

結果的にはごく普通の人になっている。


なぜならLGBTQのような

まだわかりやすいマイノリティとも違う、

「ポリアモリー」だからだ。


ポリアモリーとは1990年代に定義された、

「関係者全員の合意を得たうえでの複数パートナーによる恋愛」

というセクシャルアイデンティティのこと。

「同意を得る」ことが一番の特徴なので、

浮気や不倫とは全然別モノ。

中には男女10人レベルで複雑に展開している事例もある。

(そんなに同時に同意できる人が身近にいる?)


私の場合はパートナーの同意を得られていないので、

他の人とお付き合いすれば

単純に浮気者になってしまっている、

「ヒトリポリアモリー」である。


私の相方は幸いにもポリアモリーの概念をきちんと理解しており、

興味があるのでそういう人種の方々を否定することもないのだが、

いざ自分に置き換えると「無理!」だそう。

まあね、それが普通でしょう。

男女ともに誰だって独占欲はあるというか、

嫉妬に狂わずにいられる人はなかなかいない。


私はこれまでいろんな人を好きになってきましたが、

その都度「浮気」「不倫」と定義されることに

なんだか違和感を感じてきました。

自分では全員をもれなく全力で愛するし、

相手に対しても同様に束縛しないし、

独占も求めない。


長い間自分は頭がおかしいと思ってきて、

ポリアモリーという概念を知って腑に落ちた。

パートナーがそうでなかっただけのことだ。

世界的に自分と同じような考えを持つ人が多くいるからこそ、

そういう概念が生まれたことに安心もした。


だって、当たり前だと思うのである。

誰もが誰かの持ち物ではないし、

誰しも自由を尊重されるべき存在。

自分が束縛されたくないなら、

相手を束縛しないのも当然だろう。


ステキな人、愛すべき人は

世の中にゴマンといる。

恋をしたいと思ってなくても、

恋に落ちるときもある。

どうしようもなく好き、

と想ってくれる人に応えたいときもある。


それに小さい頃から私は

何より自由を大事にしてきた。

恋愛がどうなんて範囲でなく、

人生のあらゆる場面で、である。


ブラック校則はもちろん、

コロナ禍の制限にも腹が立つし、

家族としてだって、

社会人としてだって、

高校野球連盟のクソルールにだって、

中国の強制管理監視社会にだって、

すべてにおいて不自由があれば怒りを覚える。


そう考えれば

結婚なんて不自由な制度、

最初からキライに決まっている。

不覚にも二度も結婚してしまったが、

一度も自分の意志でしたいと思ったことはない。



なおセクシャルマイノリティに関する政治で思うのは、

なぜ政治は幸せな人を増やそうとしないのか?である。

選択的夫婦別姓にしても

LGBTQへの権利を保障することも、

単純に幸せな人が増えるだけである。

マジョリティが不幸になるわけではない。

親権や遺産問題?

そんなもの、

愛と自由の観点からすれば、

大した問題ではない。


一夫多妻とか多夫多妻とかのカタチの議論でなく、

ポリアモリーのように純粋に人間を尊重し

心の自由と権利を理解すれば、

浮気や不倫でCMを降ろされたり、

不祥事として人格否定されることもないのである。



離婚率が50%を超えてきたり、

婚姻率が50%を割ってきたりしたら、

世の中変わるんですかねえ?



死ぬまでずっとマイノリティ確定の、

おひょいのひとりごとでしたー


おひょいさんのおたより

安心してください。 あなたの選択はいつも、 今までもこれからも正しいです。

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