君の名は。
まいどどーも。
幼少期からイケメンで通っていましたが、
ジャニーズ顔でなくて良かったと
ホッとしているおひょいです。
さて、
誰しも思春期の頃に自分の名前が
「なんでこれ?」
「ああいうのが良かったのに」
という気持ちになったことがあると思います。
わが息子にもそういう時が訪れたようで、
ふいに
「なんで?どんな意味?ほかに候補はなかったの?」
と聞かれました。
きっかけはどうやら
菅田将暉くん主演のおもしろいドラマ
「ミステリと言う勿れ」
の登場人物にあるようです。
永山瑛太演じる「ガロくん」に
菅田くん演じる「ととのうくん(整)」が
「ガロってどんな字書くの?」
「・・・わがみち(我が路)」
と一言で答えたシーンにぐっときたようです。
マイウェイか!と。
息子の名前は「椋(ムク)」と言います。
今ではつけた私も本人も気に入っていますが、
当時つけたかった名前ではありませんでした。
候補として事前に考えていた、
推しだった名前は相方に却下されたので、
産まれたあとに1週間ほど悩んでひねり出したものです。
私は子供の名前に親の願望を託すのが好きではありません。
ペットのように親が呼びたい名前にするのも、
イメージが勝手に連想される名前も、
好きではありません。
私は普段から名前と言うものは
「記号」であるべきと考えていました。
北斗の拳の世界観のように、
「トキ」「ハン」「シュメ」「アミバ」など、
まったく色も意味もない記号であるべきと。
強そうなイメージだったり、
どう考えても美人にしか許されないような名前だったりすると、
親のエゴで子供が苦しむことになる。
ただ、祈るように願いを込めるのは親として理解できます。
それは美しい親の愛だと思うので、
否定したくはありません。
それにやっぱり親のスタンスというか、
何を大事にしているかが表れるものではあるので、
聞かれたときに答えられるくらいの理由は必要かなと。
「なんとなく」だったとしても、
そういう親のスタンスが表れているので、
別にいいんですけどね。
ということで今回息子に聞かれたので、
あらためてきちんと説明しました。
私がこの世で最も大事にしているものは「自由」である
↓
自由の象徴といえばロックンロールである
↓
ロックンロールは「69」と置き換えられる(6月9日をロックの日と呼ぶように)
↓
69は「ムク」と読める
↓
ムクと読む「椋」というちゃんとした漢字がある
↓
結果的に「自由」とも「ロック」とも連想されない
色もイメージもつきにくい
強いか男前かもわからない
単純に呼びやすい
年老いて「ムクじいさん」と呼ばれても違和感がない
↓
「椋」に決定
我ながら見事なロジックと言えますね。
誠にスムーズで身勝手なロジックです。
こんないい加減な親の子供に生まれたことを、
息子はさぞかし感謝していると思います。
ちなみに却下された候補は2つあります。
ひとつは「十一(ジュウイチ)」。
11月生まれか11日生まれなら絶対コレ!と思ってました。
「十郎」っていう昔知り合ったおじいさんがいて
カッコいい名前やなあと思っていたし、
色がまったくつかない数字っていうのが
ポイント高いと勝手に思ってました。
のちに大好きなドラマ「SPEC」の敵ボスキャラで
使われていたので、驚きました。
もうひとつは「想生(ソウセイ)」。
「ソーセージか!っていじめられる」
と、秒で却下されましたが、
個人的に一番気に入っていた候補です。
人を、世界を、想うこと。
想うことが生きること。
生きることは想うこと。
私が大事にしていることです。
北斗神拳の究極奥義「無想転生」にも似ていて、
息子も「想生いいやん!」
と悔しがっていました。
だがしかし。
もはや息子は「椋」でしかない。
すでに彼が「椋」の歴史を作ってきたのです。
自他ともにそこに迷いはなく、
もう完璧なムクなのです。
名前は単なる記号でしかないが、
本人がそこに命を吹き込み、
存在として認識され完成する。
私が想ってつけた自由なんて、
すでにどうでもよいのだ。
椋にはその解釈すら自由なのだ。
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